待ちわびた「全国研修会」です!
テーマは「共生」
今週末の2日間で研修です。青年会の研修は今年で2本目となります。
【司法書士会】全国研修会in熊本 1日目 | ミナトノキズナ〜司法書士 岡田事務所
今回のテーマは「共生」と言うことで
本研修会では、テーマを「共生」、副題を「切り拓こう!共に生きる未来を!」としました。人間社会ではみな互いに関わりあって生きており、直接の接点がない知らない同士でも、意図的に接触を避けても、無理解、差別があっても、何かしらの形で関わっています。人間社会で、互いの違いを認め、個性を尊重し、共に生きること、本研修会においてはこれを「共生」と定義します。
依頼者が抱える悩み・心の痛みを知る過程において、依頼者が置かれている家庭・職場・地域社会・学校等、日常の人間関係において、個性が尊重されていない事実に直面する事案も少なからずあります。本来、誰もがその個性が尊重され、周囲との「共生」が実現するのが望ましいとしても、依頼者は「共生」とはほど遠い現実の中で生活していることも多くあります。
そこで、人間社会の中で共生を実現するために、司法書士として何ができるか?
これが本研修会の一貫した問題意識です。(第45回全青司かながわ全国研修会から抜粋)
ということで、「依頼者の伴奏家」となるべき司法書士としての、立ち振る舞いなど、学ぶべきことがたくさんあるのではないかとおもって参加を決意した次第です。
しかも、会場は、あの「パシフィコ横浜」です!
公式 | パシフィコ横浜 | 横浜国際平和会議場 PACIFICO YOKOHAMA
数々のイベントが行われてます!それだけで、若干テンションが上がります。
さすがというか、結構ビジネス機器も充実していました。
今回の参加人数は500名とのこと。熱気に包まれていきます。
基調講演ログ
〈第1部 分け隔てなく、あなたらしく、地域で生きる 共生〜法的要請を実現する支援者の観点〉講師 大谷 恭子
- 法とセーフティネットを担う司法書士があつまっているということに心を打たれた。
- 共に生きる→自分のライフワークである。
- 1978年に弁護士登録→40年もの間に様々な「人権条約」を批准してきた。
- 女性差別撤廃条約→1985批准キーワードは「固定的役割分担は差別である」今までは意識されていなかったもの。
- その当時の裁判官は「女性に対する偏見」がひどかった→罷免請求までされていた。
- 批准するには国内法を整備する必要がある(改正もしくは新設)→あらゆる場面での差別を禁止する→「雇用機会均等法」(採用募集する段階でも差別を禁止する)→「家庭科」を男女教習させることにした→「国籍法」の改定(父兄血統主義→「又は母」を入れることで「父母両家血統主義)
- 1994「子供の権利条約」→「子供の意見表明権」(子ども自身が人権の主体である。「行使」する主体である)その頃は「人権が守られている」とされて、触らなかったが、現代は危険にさらされている(子どもの貧困、いじめ、DV)
- 30年経って批准された「人種差別撤廃条約」→人種ではないが「生まれた場所(部落)」による露骨な差別があったから→「人権教育推進法」
- 人権教育=同和教育と言われるぐらいだった
- 「同化政策」でアイヌ民族を滅ぼした→「アイヌ文化振興法」が作られた。
- 国内法整備→世界の条約のレベルに合わせること
- 批准したら報告(カウンターレポート)する義務がある→パラレルレポート(市民の目から見た政府の活動を報告)もやっている。
- 2004年に20年かかった→国連のかつどうが大きかった。
- ヘイトスピーチ、民族の差別が明らかである言動はまだまだである。
- まだまだ条約が批准されていない人権条約が多い。
- 障害者権利条約→国内法整備をしない段階で批准してしまうと「子どもの権利条約」の二の舞になる→「障害者差別解消法」を作った
- 「分け隔てなく」権利を守られなければならない→「障害者差別解消法」の目的に入れられている
- 区別・排除・制限→「差別」の定義をした
- 合理的配慮→今の社会では実現に支障が生じている。この「壁」をとっぱらう要求されれば、社会がそれをとっぱらう義務がある(障害者のアイデンティティを守る)→その人に合わせて提供されるべき。
- 女性差別と人種差別→人間は存在価値においては平等である→「能力に遜色がないにも関わらず性別(人種)によって差別される」
- 障害者差別→能力(市民が要求するスタンダードなこと)の欠損→社会との関係でできなくなっている→社会が変わる必要があるというふうに発想の転換をしなければならない。(障害者が努力する必要はない)
- ガイドラインがイロイロ発表されているが危険!
- 「分けてるか分けていないか」「あなたらしく」「地域で生きる」→これらを保証するために社会が変わること。
- 人権というのは「空気のようなもの」→何もない時は意識しないが、奪われて初めてわかる。
共生社会へのリーガルベース(法的基盤)―差別とたたかう現場から | ||||
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〈第2部 人はつながることによって癒される 共生〜当事者でもある支援者の観点〜〉講師 大胡田 誠
- 視覚障害者のためのIT機器→点字メモ、iPhone
- 人の手助けは必要→読み書き・移動が不便
- 写真→アシスタントに自分の体を使って読み取る
- 接見の様子を視覚的な情報を教えてもらう(被疑者の様子など)
- 依頼者との信頼関係→人生の絶体絶命のピンチに弁護士のところに来る→「全盲の弁護士」に頼むことに躊躇してしまう
- 表彰→口角を5ミリあげる
- 声のトーンや話し方→姿勢が大事(喉を広げて、ゆっくりと話す)
- 目を見て話を聞くことは、相手が緊張していることもあるので、あまりよくない。
- 相手に理解して欲しければ、まずは相手を理解し、信頼することである。
- 日本は障碍者と健常者は別々に生活する→差別は「悪意」からではなく「無知」から生まれる
- 親子での連携プレイができるようになる。
- あきらめなかったら、夢が叶う
- 弁護士なったら「こんな社会を変えたい!」と強く思った→「誰かに手を差し伸べたい」という弁護士になる
- 母親迷った時は「自分の心の温かい方に行け」と言われた→自分の心日本素直に生きること
- 依頼者は寂しい思いをしているのが多い→依頼者には、精神的な支えをしていかなくてはならない。
- この社会は「生きにくい」社会である(システムがない。あったとしても知らないためにセフティネットからこぼれ落ちている)
- 人の関わりだけでしか癒すことができない。「他人の痛みに鈍感になっている」→社会の声に耳を傾け「自分の痛み」かのように「敏感」に感じてほしい。
全盲の僕が弁護士になった理由 | ||||
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基調講演まとめ
基調講演の共通のテーマとしては「私たちみんなで共生をして、楽しく生きるためにはどうすればいいのか」ということだったと思います。
第1部では条約の批准の歴史を紐解くことで「法的整理」をしていく過程を知り、「みんなが分け隔てなく幸せに暮らしていくためにどうしたらいいのか」ということに向き合うことが必要だということを学びました。
第2部では、自分が障碍者であることを通じて「それでも、社会に貢献できることはないのか」と模索することが、実は寄り添う専門家になれるんだと信じて活動されているのを感じることで、私たち司法書士が「どのような依頼者であっても、どうすれば伴奏者となれるのか」ということに対し向き合う必要性があるんだということを感じました。
この基調講演を受けて各分科会が開かれています。次回は、その参加した分科会のレポを書きたいと思っています。
懇親会の席でも、盛り上がれたと思います。
というわけで、本日はここまでです。ありがとうございました。