本日は「司法書士の専門家責任」のレビュー第16回です。
本人確認業務の限界
前回のエントリーから大分時間が開きましたが、今回も「本人確認業務」についてです。
司法書士が依頼者から登記手続の依頼を受けた場合、
司法書士は、依頼者の権利が速やかに実現されるように登記に必要な書類の徴求を指示し、依頼者が用意した書類相互の整合性を点検して、その所期の目的に適った登記の実現に向けて手続的な誤謬が存しないかどうかを調査確認する義務を負う。(司法書士の専門家責任p201)
ことが重要です。なので「当事者の本人性や登記意思の存否については、原則として、適宜の方法で確認すれば足り(本書p201)」というのが、一般的な裁判例の解釈となっています。
ですが、
国民の登記制度に対する信頼と不動産取引の安全に寄与すべき公益的な責務があると考えられ、具体的な登記申請の受任に当たっても、依頼者としては司法書士の高度な専門的知識や職業倫理に期待を寄せているといっても過言ではないし、司法書士としても、具体的な事案に即して依頼者のそのような期待に応えるべきであって、専門的知見を駆使することによって依頼に関わる紛争を未然に防ぐことも、登記の速やかな実現の要請とも相俟って、依頼者との委任契約上の善管注意義務の内容となり、もしくはこれに付随した義務の内容となり得る(司法書士の専門家責任p202)
ので「本人かどうかが、司法書士側からみてパッと見が怪しい」(本書では「疑念性がある場合」となっています)時には、しっかりと調査をする義務があるということになっています。ですが「司法書士層としては、成りすましを見破る能力とスキルを体得することを目標とするべきであろう(司法書士の専門家責任p207)と著者は言っています。
「本人確認情報」を司法書士が作成できるのはなぜか
平成16年に不動産登記法が改正されたのですが、司法書士にとって一番意義のある改正点は「本人確認情報」の作成権限が与えられたことです。
「本人確認情報」をざっくり説明すると
「委任をうけた司法書士(資格者代理人)が、登記義務者と面談して、その本人に間違いがないことを証明することによって、権利証を添付したことと同じ効果をもたせる」
といったところになると思います。とにかく大きな権限なんです。
裁判例でも
登記義務者本人に直接会って意思確認する者が、どれだけ慎重かつ適切に本人確認するのかが、本人確認情報提供制度が適正に運用されるかどうかを左右するものである。そうであるからこそ、不動産登記法も、本人確認情報の提供等を行うことができる者を司法書士等の、登記の申請の代理を業とすることができる者に限定している(不動産登記法第23条第4項第1号)ものと考えられる。すなわち、本人確認情報提供制度は、資格者代理人が行う本人確認行為に対する国民の信頼の上に成り立っていると言うことができる。(司法書士の専門家責任p210)
というように解釈をしています。
しかも大阪で起きた事件(大阪地判平成17.12.21)は、改正後、すぐに起きてしまった司法書士業界では、とてもショッキングでした。大まかに言うと「相当悪質な手口を使って、ウソの本人確認情報を司法書士が作成し、1億の不動産をだまし取る手伝いをしてしまった」といった内容でした。
判決の中でも
共犯者からの強い働きかけを断りきれず、表沙汰にさえならなければよいなどという安易な考えから、司法書士としての職責を放棄し、共犯者からの高額な報酬の申し出にも目がくらんで、本件犯行を敢行するに至ったものである。もとより、その安易かつ利欲的な動機には何ら酌むべきものを見いだし得ない(司法書士の専門家責任p214)
と、この司法書士を断罪しています。
『有資格者よる本人確認情報提供制度』は、司法書士等が登記実務において長年にわたり適正かつ地道にその職務を遂行し、社会からの信頼を着実に築き上げてきたことを背景として、平成16年の不動産登記法の全面改正の際新たに導入された制度であり、登記名義人の本人確認事務につき司法書士等に一定の公証機能まで付与した画期的な制度改革であったが、Y(被告司法書士)は、この制度施行後わずか2ヶ月余りで早くもこの制度を悪用し、共犯者と自己の不法な利益獲得手段としてこれを用いるに至ったのである。(司法書士の専門家責任p216)
そうなんです。先人たちの積み上げてきた信頼を一気に突き崩しかねない事件でした。こういったことが無いようにしていかなくてはいけません。「その権限を悪用すれば、いくらでも悪事に加担することができる(本書p217)」だけの力が与えられている自覚を持って、本人確認業務を行わなくてはならないのです。
本日はここまでにしておきます。ありがとうございました。